指宿のマンゴー農家

日本で初の経済農業を

マンゴーを日本で初めて作った男、庄野直道氏。
日本にマンゴーを持ち込んだ第一人者。
(趣味ではなく、経済栽培を日本で初めて行った人物)


東京都世田谷区祖師谷生まれた庄野氏は、地質調査のコンサルティング会社時代(昭和49年)に、ニューギニアで、野生のマンゴーを食べ、「こんな美味いものが、世界にあるのか!?本当に美味かった!何とか、日本に持ち帰って広めたい!」と、マンゴーにほれ込みました。そして、翌年の昭和50年1月に退職し、日本全国の植物園を、日本の北から南まで歩き回り、この「東洋のハワイ」と言われている鹿児島県指宿に辿り着きました。

そこで運命的な出会いが待っていました。

鹿児島指宿の開聞町で、趣味で作っている人物に出会い、 2年弱泊まり込みで、当時の栽培方法等を教えてもらい、指宿に土地を買って、日本ではじめての経済栽培をスタートさせました。

そして、昭和60年8月、はじめて、市場に「マンゴーを出荷!!」 「その当時の反響は、今でも忘れられない程のもの」と庄野氏。翌日には、業者が、山林の中にある、畑をわざわざ探して、何社も訪ねてきてくれたようです。

その後、宮崎県の関係者がマンゴー栽培の技術の見学がスタートした。

庄野氏は、「自分自身でやってみて、失敗して学んでいったが、その失敗で学んだことを、全て共有させて頂いた。」と笑う。

現在主流となっている、鉢植えマンゴー、根育制限も、庄野氏の失敗がスタートとなっている。

日本のマンゴー史の基礎を築いた人物だ。

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